今日は久しぶりの雨模様となり、農作業はひとまず、なしの日となった。
これは、つい先日、畑の畝作りをして、防草シートをかけようとしていた時の話である。
不思議なご老人
シートを倉庫から取り出して、畝の場所に運んでいる時、畑のすぐ近くを通っている道路に一人のご老人が杖をついて立っておられた。
ちらっちらっと私の方を見ている様子だったのに気が付いて、立ち上がって、そのご老人の方に身体を向けた。
すぐに眼があって、にこっと微笑んで、私に話しかけてこられた。
「としちゃん?」
と、私の下の名前を呼んだ。
「はい。あのう・・・。」
どちら様なのかと尋ねようとすると、その前に
「山田(仮名)です。」
と話された。
名前を聞いて、すぐに、どの家の人か解った。
私は、高校を卒業してから、実家に住んだことはなく、お盆と正月に帰省する程度であったから、私が一緒に通った小学生たちの親御さんたちは、もう既にほとんどの人が亡くなっているか、施設に入っておられる。
そのご老人は、実家より少し離れた場所の家の人で、今回初めて話をする。
名前を聞いて、その人は、私が小6の時、小1だった男の子のお母さんだと解った。
懐かしい話を思い出しながら、語り合っていて、よく聞いてみると、そのご老人は、その子のお母さんではなくて、おばあさんにあたる人だと言う。
となると、単純計算すると、私と5つ違いの孫を持つおばあさん。
私が60歳として、その子は55歳。
その母は、20歳で産んだとして、今75歳。
その母となるわけだから、同様に20足して、95歳となる。
エーーーー?
杖をついていたとは言え、まっすぐ歩いておられたし、しゃべりもしっかりされていた。
・・・おばあさんじゃなくて、お母さんの間違いだろ!!
75~80歳くらいに見える年格好である。
私は、その子のお父さんの名前は知っていて、その村の世話役をしていたことを思い出して話すと、それは自分の息子だ言う。
「その子供が、その息子の子で、孫になるんじゃ。」
・・・しっかりと話されるので、そうなのかも知れない。
ここで私が、この話を書いているのは、もうかなり年を召されたご老人が、元気でいらっしゃる事を言いたかったのではない。
それもさる事ながら、そのご老人が、
しかも、私の記憶によれば、一度も会話をしたこともないはずである。
顔も見たことはないし。お母さんだったら、見たことはあるのかも知れないけど・・・。
そんな人が、少なくとも40年以上経過していて、私の名前を、しかも下の名前を覚えてくださっているとは・・・。
いやあ、悪いことはできないもんだなあと、つくづく思った。
(待てよ。なんか、名前を覚えられるような悪いことしてたのかなと・・・)
そうこうしているうちに、小型バスがやって来て、乗り込んでいかれた。
少し離れた場所にある施設に訪問すると言う。いわゆる、デイサービスと言うものらしい。
ファンタジーを感じる
その会話、動き、記憶等、95~100歳とはとても思えないので、不思議でしようがない。
やっぱり、お母さんにあたる人だったんじゃないかなとも思うけれど、それでは会話した内容の辻褄が合わないのだ。
まあ、100歳前後の人が、こうやって元気に自分一人でデイサービスに通えるなんて、素敵なことであるし、ファンタジーみたいで、是非そうであってほしいと思った。
そして、たとえ同じ村の住人だったとしても、一度も会話をしたことのない人に40年以上も時を経て、私の名前を覚えてくださっていることに、何とも嬉しくもあり、微笑ましく感じられた時間であった。